『一月の声に歓びを刻め』北海道の洞爺湖、東京の八丈島、大阪の堂島という三つの島を舞台に、独立した三章立て(最終章はあり)で物語が展開される。洞爺湖と堂島の物語は、性犯罪被害者の家族と被害者自身の長年に渡る苦しみと、それから逃れられないながらも懸命に生きようとする姿を描く。
3つの物語の主役は、それぞれカルーセル麻紀、哀川翔、前田敦子。
物語自体に繋がりはなく、3つの物語が三人のそれぞれの色にしっかり染められていたのが印象的だった。
洞爺湖編は、カルーセル麻紀が性被害を負った幼い娘を救うことができず、娘に傷をつけたのと同じ「男性」の性器を除去することで自らを罰した。
そして老境になるまで、娘が亡くなった洞爺湖のほとりで一人静かに生きるという役どころ。
カルーセル麻紀もトランスジェンダーだが、理由は違いこそすれ、生来の性に傷つけられたのは役柄との共通点だろう。
年齢を重ねていることもあり、他の二人とは次元が違う圧倒的な存在感。
演技自体も全身を使った舞踊のように苦悩を表現したり、野太い声を張ったりと舞台を見ているようだった。
…たまに、美輪明宏と見違えた。
八丈島編は、妻を失い一人暮らす男が5年ぶりに島に戻った苦悩する娘を気遣い、最後にはエールを送る物語。
洞爺湖編が、真冬が舞台の雪景色だったのに比べて、八丈島は広い空や海、緑のなかにある日常など、人間がより自由に動いているようなおおらかなイメージ。
哀川翔は、妻を事故で亡くした後、娘を大切に育てながらも口喧しくは決してしない人情たっぷりの父を演じた。
娘を悲しませた男が島に来るというので、鉄パイプを持って船着場に向かうなどVシネ的なのは、流石の板につきすぎ感。
堂島編は、幼い頃に性被害にあった前田敦子が、ついに性的関係を持てなかった元カレの葬式に参列するために故郷に戻り、偶然知り合った男と交流することで自分を解放させていく物語。
前田あっちゃんの映画はあまり観たことがないのだが、若い監督によく絶賛されている記事を読むので、どういう演技をするのか興味があった。
あっちゃんの行きずりの相手である坂東龍汰を引き連れて、1.5日のあいだ街をフラフラする様子が手持ちカメラで追われる。
それがナチュラルで絵になっていて、彼女の得意とする映画はこういうのかなと思った。
一番ぐっと来たのが、あっちゃんが、6歳の時に被害にあった性犯罪の現場を訪れて、花をむしりながら声をあげ泣くシーン。
その嗚咽が6歳の子供が泣いているようで心が抉れた。
ところで。
映画が始まる前に、上映館であるテアトル新宿の売店で、本作上映記念劇場オリジナルドリンク「れいこの気になる甘酢っぱいソーダ」のポスターを見つけた。
れいこは洞爺湖編のカルーセル麻紀の亡くなった娘の名前であり、堂島編の前田あっちゃんの役名でもある。けれど、映画を観る前であるわたしと一緒に行った友達の合い言葉は「れいこといえば、片岡礼子」。
20年前に観た『ハッシュ!』で大ファンになり、片岡礼子ごっこをやるほどハマったのだ。
ポスターを見てひとしきり片岡礼子について盛り上がった後、映画を観始めたら、なんと、カルーセル麻紀の亡くなった子供れいこの姉として片岡礼子が登場。
耳も顎もシュッと尖っていて、涼しげな目鼻立ちが相変わらず美しい。
そして、役柄も、亡くなったれいこに父親の愛情が全て向かったと嫉妬して、何十年も前に性転換した父を未だに「お父さん」と呼ぶ小意地悪さ。
もぉ〜、ピッタリ!
礼子、サイコー!
AI先生が描いた「冬の湖に佇む女性」のイラスト。This art is created by #aipicasso.