『ペパーミント・キャンディー 4Kレストア』韓国の巨匠イ・チャンドンのレトロスペクティブ上映の一本。1999年作品。旧友たちがピクニックしている場に、行方知れずだったキム・ヨンホが突然現れる。人生の絶望にある彼は、皆の楽しむ場で悪態をつき場の雰囲気を壊すことを何も思っていない。相手にされなくなったキム・ヨンホはフラフラと近くを通る陸橋の上に立つ。列車が近づき汽笛を鳴らしても逃げない。衝突するその瞬間、「帰りたい!」と叫んだ彼の人生を、観客はその時点から過去へ、さらに過去へと逆戻りして体験していく。
主役は、現在中年男のキム・ヨンホ。ピクニックの数日前。
自殺するつもりなのだけれど、その前に拳銃を手にいれ、自分を破滅させたうちの一人を殺してからと考えていた。
不貞をして別れた妻なのか、地獄まで追い込む借金とりなのか、調子よく株を買わせて紙切れになった途端態度を変えた株屋か、一緒に事業をしようと持ちかけ金を持ち逃げした男なのか…。
そんなにいるのかい!
この世に恨みつらみしかない男の権化。
露天商のおばちゃんのコーヒーにさえ小銭を切らしてるふりして踏み倒したりと、態度が悪ければ人相もチンピラ感出まくりで、冒頭から「この男にこの人生あり」と思わせる。
さらに数日過去。
元恋人のスムニの現在の夫がホームレスをしているキム・ヨンホの元を訪れ、死の病床にいるスムニに会って欲しいと懇願する。
「今さら」と訝しむキム・ヨンホだが夫からスーツを買い与えられ、スムニに会いに行く。
スムニは既に会話はできず、キム・ヨンホも思い出を手繰り寄せるように感傷的になった。
「思い出の品をキム・ヨンホに返して」と以前にことづかったと言う夫は、キム・ヨンホに古いカメラを渡す。
が、病院からの帰り道に、さっさとキム・ヨンホは売り払って金に換えた。
マジでこの男、いけすかないんですけど。
ここから映画は、キム・ヨンホの近い過去から遠い過去の数場面を順に観客に見せていく。
妻の不貞に激怒する割に、自分は浮気ばかりで家族を顧みない実業家時代。
警察で取り調べと称して平然とし烈な拷問を振るう警官時代。
犯人を追ってたどり着いた地方で、女を漁る姿。
関係を絶ったスムニが居場所を探り当て会いにきた定食屋で、給仕する店の若い娘の尻を撫で回す、警官になりたての時代。
ここまで徹頭徹尾、観客に一片の共感も許さない主人公も珍しい。
時代を遡るので、髪型も服装もその度に若返って一見「あれ、同じ人?」ともなるのだけれど、どの時代を切り取っても嫌な感じであるのがこの男のスゴいところ。
「早く天誅を!」とジリジリしてくるところで、警官になるきっかけとなった徴兵時代へ。
あれ、若きキム・ヨンホ。先輩にイジられても健気に頑張るおっちょこちょい君じゃん。
そんな彼が派遣されたのが光州事件。
1980年に起きた民主化を目指す市民同胞を、韓国軍が弾圧した事件だ。
一生懸命で純粋なキム・ヨンホに悲劇が起こる。
なんと!!
そういうことであったのか。今まで見てきたことの見え方が180°変わった。
ひぃ〜〜、と言葉にならない衝撃を受けているうちに、場面はさらに過去、徴兵に行く前にキム・ヨンホとスムニが出会った職場仲間のピクニックの場面へ。
野花を見ながら「写真家になりたい」というキム・ヨンホの爽やかさと言ったら!
皆と車座になって、当時流行りのフォークソングを歌う姿は、まさに「ビューティフル・サンデー」を歌う田中星児。
そして、そんな彼をはにかみながら盗み見るスムニは角川時代のアイドル薬師丸ひろこ。
完璧なカップルだった。落涙。
この作品、もし配信で見ていたらキム・ヨンホによるクズの波状攻撃に耐えられず、光州事件にたどり着く前に見るのをやめてしまったかも。
改めて、今回のイ・チャンドンレトロスペクティブ上映に感謝です。
ちなみに、この3年後に同じイ・チャンドン監督の『オアシス』で、キム・ヨンホ役のソル・ギョングとスムニ役のムン・ソリが再び主演で共演する。
けれども、その姿はソル・ギョングは常に自分の鼻を擦っている落ち着きのない荒川良々のようないでたちで、悪い人間ではないけれど短小軽薄な役どころ。
一方で、ソル・ギョングは脳性麻痺の女性という、『ペパーミント・キャンディー』の二人とは似ても似つかない役を演じきっていた。
言われないと絶っっっ対に気づかない。
韓国映画、いと深し…。
AI先生が描いた「韓国の徴兵」。This art is created by #aipicasso