『ある男』平野啓一郎原作。亡くなった夫は、戸籍の人物とは別人だった。果たして、男は一体何者だったのか。
映画冒頭。安藤サクラの初登場シーンから。
田舎の小さい文房具屋で、お客もおらずやることもないので商品棚を整理している。
演技をしているのがわかる。ちょっとぎこちない。
いくら所在なげ風に、って言っても、サクラよ、もうちょっと自然にできるでしょうよ、と毒づいたところで、顔のアップへ。
登場人物の里枝は静かに泣いているのだ。
泣いているのを誤魔化すように、通常通り働いている演技をしていたのだ。
なんと。
安藤サクラしか勝たん。
安藤サクラの他のメインキャストである妻夫木聡と窪田正孝も演技巧者。
3人が揃うシーンは皆無で、2人としても同じシーンにいることが多くはないという構成で、それぞれが順番に見応えある演技を見せてくれる。
窪田正孝は、これまであまり作品を観る機会がなかったのだけれど、今回の正体不明な男を、表情と身体を使った表現で演じていた。
ランニングの最中に感情を抑えきれなくなり、路上に倒れ込んで言葉ではなく身体で感情を爆発させるところなんて、自分でやったことないし周りでも見たことないけれど、こういうことってあるんだろうなとわかる気がした。
妻夫木くんは、安藤サクラから亡くなった夫の身元調査を依頼された弁護士役で、誰にでも真摯な対応を見せる人権弁護士の役どころ。
聞き込みする相手や周りを取り巻く人間たちから、どんなに下世話なことを聞かされても、どんなに無神経なことを言われても、温和な表情を崩さず波風を立てず静かにやり過ごす。
人格者といえばそれまでなのだけれど、実は本心は一向に見えこない。
そんな弁護士が、初めて言葉を荒げたのが真相の鍵を握る受刑者に面会をしたとき。
柄本明演じる受刑者が、わざとらしい関西弁を駆使してアクリル板越しに弁護士のプライドを剥ぎ取りこれでもかこれでもかと挑発を重ねる。
挑発を静かに聞いていた妻夫木くんの横顔の目尻の皺が徐々に消える。
観音から般若の表情に。
そして怒りが頂点に達し、怒鳴りつけた時には柄本明の術中にはまったことに気づくのだ。
妻夫木くんの迫真の演技はさすがのさすがなのだが、それも柄本明の憎たらしさがあってこそ。
百発百中の挑発は、もはやジャンル柄本明だ。
AI先生が描いた「驚く女性」を微調整。I created this art by AI Picasso #aipicasso