『関心領域』戦時下、アウシュビッツ収容所の塀のすぐ横に、四人の子どもをもつヘス一家が住んでいた。夫のルドルフ・ヘスは収容所の所長を務め職務に忠実で多忙を極めていたが、妻と子どもをこよなく愛する良き夫であり、妻のヘードヴィヒも花を植え家庭菜園をし、仲間とパーティーを開く生活にこの上ない幸せを感じていた。塀を隔てた向こうは、彼らの関心が及ぶ領域ではなかったのだ。
※以下、ネタバレ含みます。
今年のアカデミー賞で音響賞を獲ったのも納得の映画の音。
映画は黒い画面の中、不穏な音で始まる。
楽器なのか人間の声なのか。たくさんの不協音が重なり合った響き。
個人的には、MRIに入った時に「もう出してください!」と震え上がったことを思い出した。
映画は、ヘス一家の淡々とした幸せな日常を追っていて、収容所の中は一切見せない。
ただ、家の者は気にすることがないが、塀の向こうからはうっすらと銃撃や叫び声などが昼も夜も聞こえている。
そのことが異常であると映画内で気づくのが、ヘス家に泊まりに来ていたヘードヴィヒの母親。
到着した当初は、ヘードヴィヒに案内される自慢の庭や使用人を何人も使う贅沢な暮らしを礼賛していた。
娘に、「近所のユダヤ夫人が追われたとき、目をつけていたカーテンを違うご近所さんに獲られたわ」なんておしゃべりしていて、こちらもいたって普通の当時のドイツ国民の感覚。
しかし、ふとある夜中に目覚め窓の外を見て音を聞き、何も告げずに娘一家の元を離れるのだ。
音と匂いは似てるな、と思った。
新居や引越し先で、最初はその匂いに違和感があっても徐々に慣れていき、しまいには何も感じなくなる。
音もそれと同じで、母親はそれが自分に取り込まれる前に、理性の防衛本能が働いたのか出ていったのだった。
アウシュビッツの隣に住んでいるということを除けば、ヘス一家は現在の私たちと変わることはない。
妻は、都会を離れ自然豊かな土地で子どもたちを育て、自分の理想の家庭を作り上げて満足している。
そんな時に夫に転勤の辞令が出て、この土地を離れたくない妻は夫に単身赴任を願い、妻想い且つ妻に弱い夫もそれを受け入れる。
このくだり、転勤の話をしばらく隠されていた妻は、そそくさと家の外に逃げた夫を怒りながら、収容所に隣接する道路を大股で追いかけていくのだけれど、これって「隠し事をしていて逃げたマスオさんを追いかけるサザエさん」にマルっと置き換えられる。
全然違和感はない。
「あなた、待ちなさ〜い」なんてお玉でも振り上げていれば、単に面白おかしいほのぼの話になる。
それが、商店街の通りなのか収容所の前であるかの違いだけで。
映画は、時代背景や登場人物の行動原理など余計な説明は何も描かない。
なので、途中にインサートされるサーモグラフィーで映される少女(何かを次々と土に埋めている)や、子どもの一人が弾くピアノの旋律に日本語でだけ歌われない歌詞のテロップが乗っていること(多分知ってる人たちには、お馴染みの曲で歌詞なのだろう)や、ヘードヴィヒが力説する「東方生存圏」など、わたしレベルでは分からないこともチラホラと出てくる。
映画を観終わって、なんか分からなかったけど気になったことをネットで調べてみることも、この映画が世界で上映される意義なのかもしれない。
エンドロールに乗せている音。最初よりも明確にそれが人の声なのだと分かる。
所々に言語らしき音まで入っている。
それが地の底から湧き出るようなメロディにのる。
客席の中ほどではなかったら、耐えられなくて席を立ったと思う。
この音にだけは未来永劫慣れたくはないし、慣れてはいけない。
AI先生が描いた「ナチス将校と家族」This art is created by #aipicasso